思考錯誤屋の呟き

「日々の事柄」を適宜更新中。

【宗教家やスピリチュアルの方へ、弐】

平和な世界は未来永劫訪れませんが、近付くコトは、近付けるコトは可能です。
其れが「学び、本来の意味」。

「学びの意味」について、先(=壱)の経国済民の貧富格差の喩え話を用いると、経済システム牛耳る大半の者達の心が満たされないのは、日々の様々な機会の中で「学び」を実行していないからであり、貧困下にあっても笑ふ者の心が澄んでいるのは、日常其のモノが「学び」の機会であり、生活を通して「学び」を実行し、会得しているモノがあるからです。

『努力や苦労は金を払ってでも買え』と言ふ喩え話は、「学びの意味」を教えています。