思考錯誤屋の呟き

「日々の事柄」を適宜更新中。

2011-12-01から1ヶ月間の記事一覧

年の瀬に

朝の最低気温は-3℃だか-4℃だか…。 午前9時を超えても-1℃だったらしいけど、日中は陽が射していた。 身体は寒さに負けてダウン(苦笑)。

症状

心拍数はあまり速く無いが、胸の圧迫感が続く。 薬が合わない??

蓮の華

何の因果で、いつ迄此処に居るのだろう?

宗教と言う哲学。

神様や仏様は、 人々が求めて止まぬ理想の姿。求める側の煩悩は、 意識、無意識に、かかわらず、 取り込んでしまうもの。ゆえに、神聖は、 俗から髪の毛ほども遠く無い。

疑問

人が、たった一人の存在なら、殺人は起き得るのだろうか?

The Ascension ???

輪廻は輪であつて、階層では無い。 ジャンケンの如き仕組み。

「玉子」が先さ♪

創造主は、自らを創造出来ない。

除夜

人の弱み、 憐れみ、 蔑み、 荒み、 企み、 悲しみ、 苦しみ、 憎しみ、妬み…。いつしか終わるさ。 此の旅路♪

此処最近の、『輪廻』に対する僕の考え。

フラクタルを思ひ浮かべながら、「一個体の人間も"輪廻の環"の縮図なのでは?」と考えた時に浮かんだコトですが…。 一個体の人間が"輪廻の環"で、 僕らの存在は、人間の細胞の一つ。 ミトコンドリアや白血球みたいな存在。人間やその他の生物の中には、有益…

「何らかの力の存在」と言ふ名の、恥。

言葉や形作る行為を含め「何らかの力の存在」に気づき、ただ歓んでいただけの若かりし日。思い出すのも恥ずかしい日々。そも、「何のための!」力か。手段と目的を履き違えた行為の愚かさに、気付いているだけマシか?!独り、ニガワライ。

たかみ、やっかみ

全ての事象に、境目や段階なんてものは、無い。

陽射しの使途

一面を灰色に覆い尽くす、垂れ込める雲々。肌を刺す大気と、冷気さえ逃げ惑う陽射し。滲んだ青空に舞う、天使の羽根の如き、雪。遠き日に忘却した筈の未来が、針を進めた。

錦の御旗

正義を振りかざしているうちは、ただの鼻垂れ小僧。

御座

平等に、例外は要らない。

混沌で生きる

闇の…。 居心地の良さに、ずいぶんと甘え過ぎたようだ。でも、しかし…。 光の冷酷さには、やはり、迎合出来ないな。次は、何処へと向うのか? ヒトの僕には、判らない。ただ。 「既に決めている」のだろう、きっと…。

祷詞

神よ…。 加担しては為らぬ。如何なる謀が視えようと。 紛う方なき、正義が在ろうと。加担しては為らぬ。神が神で在る限り。 加担しては為らぬのだ。

体重

今年2011年の初めは、80kg台前半の筈(汗)。 昨年末、体重計で79kgを見てから量るのを止めたけど、明らかに其の後も太っていた(笑)。落ち始めたのは、3月11日の震災以降。8月の始め70kgを切り、小躍り。 年末の12月28日、61.7kgまで落ちていた。

しんがり

描いたシナリオ通りの明日なんて来ないけれど、予想もつかないハプニングだって、乙な物。 時に、素敵。 時に、残酷。 時に、真実。 時に、虚飾。何処から来て、何処へ向うか。 進むも、退くも、自分次第。

風見鶏

動機を置き忘れた目的に、翻弄中。

半回転捻り

何処迄行っても、永遠のメビウス。

不均衡

若き日、平等と安寧を希求したけれど、今は「何処にも存在し得ない」と、ふと思ふ。

自己の事故

楽園を去った意味と、戻らぬ理由。 そんなモノは、どーでもイイコト。自らの存在理由と、己の存在意義。 履き違えたのは、どちらの自分か?

宇宙

有は無から生じる。

型の形

「自分」と言ふ、取るに足らない枠に囚われ過ぎ、ステレオタイプの見方をしていたのは、いつの頃までだったか?案外、今も続けているのやも知れず。 此れからも、なのかも知れないが…。はて? さて?? どど〜ん♪(苦笑)

雷鳴。。。

関東ぢゃ夏の風物詩も、日本海側だと冬の風物詩なんだな。

ジェンダー・ギャップ??

僕は初めての場所を一人で行く分には方向を間違えないけれど、初回誰かと一緒だと、二度目訪れる時に間違えてしまう。きっと一緒の人と連れ立っている時程、街への関心が低いからなのだろう。地図の読めない…と言ふ本があったけれど、性差は関係ない。 ある…

豪雪地帯に思ふ

僕はアイスバーンには慣れてないから、日毎に誰も走ってない広い道で、敢えて急ブレーキや急加速をして車の挙動を確かめている。関東だと、3cmの雪でも交通マヒするけれど、此の辺りぢゃ、なんとも無い! 地域によって、こんなにも雪との付き合いが違うのか…

憧憬

愚者の如き、賢き存在に!

バックミラー

閃きも、思い込み。 一歩下がって、二度、三度。

誤謬

論理が飛躍する裏側にこそ、本音が見えつ隠れつ。