思考錯誤屋の呟き

「日々の事柄」を適宜更新中。

ボンバーマン

言葉に力があるのなら、強弱だってあるのだろう。
音の様に、絵の様に。
何かを伝えるってのはむつかしく、何かを受け取るのはもっとむつかしい。
言葉は魔物なのかな? きっと一生、飼い慣らせない魔物。

話し言葉よりも、文字の言葉に惹かれてしまうのは、きっと修正が効くからだろう。キツイ口調も穏やかに書き直せるし、内に秘めた優しさを、練りに練って暗喩としカモフラージュすることも出来る。
時折誤字もあるけれど、それでも文字言葉に惹かれるな。

話し言葉を言い直したところで、一度放った言葉は訂正しづらい。
訂正できない訳じゃ無いと思うが、記憶には残るよ。
失言は避けたくとも通り過ごす事の出来ない道。だから私は黙している事が多いのかも知れない。

言葉の取り違えは、心の取り違え。
本音は同じでも表現が違うだけで、互いの意思は通じ無い。
長けりゃいいってものでも無いが、言葉を厳密に使う程長文になり、かえって伝わらない事もある。
心の波長、言葉の、波長。
合わせるのは、さてもさても難しい。

共通項が正しい訳じゃない…が、共通項を作ら無い事の弊害が大きいから共通項を標準を作り出す。
標準が正しい訳じゃないのだが…。

ちょっとした掛け違えが大きな問題となる前に、掛け違えを直すのって、とてもむつかしい。

ちょっとしたことなのだ。
ちょっとしたことなのだ。
ちょっとしたことだから、人は放置する。
それが時限発火装置とも知らずに。


〜〜5月26日の呟きより