国家権力以外で自分を“公的に証明するもの”って、誰も持っていないのに、その国家が無い人達がいるという事実に目を向けている人って、どれくらいいるのだろう?
国家ってのは、個人を簡単に裏切り抹殺してしまうこともある。
一方で、目を閉じ耳を塞いだ大衆にとっては不可欠な存在。
権力は腐敗する。
それは、“常に!”古い革袋を使っているからさ。
じゃぁ市井が正しいかと言えば、そんなことはあり得ない。
既に、脳みそを働かないようにされた、国家の奴隷なのだから。
力が全てじゃないのに、人は何かしらの力を欲しがる。
何故だろう?
お金は悪魔の発明ならば、運用は神の悪戯か?
あなたは、彼女を手に入れたいですか?
あなたは、彼をどうしたいですか?
あなたは、他人を操りたいですか?
あなたは、自分を変えたいですか?
あなたは、あなたでありたいですか?
“疑問形”は、せめてもの優しさ。
傲慢な“優しさ”と、甘く蕩けるような“辛さ”。
どちらがお似合い?
シアワセに形があるのなら、人は群がるのかね?
一番大切なモノって、何でしょう?
人は、大切な者達を失っても、心は生きるとか?
人は、大切な者達が居ても、心は死ぬ、らしい。
生き死には、きっと心の中にもある。
あ〜。あ〜。
ただ今、思考のテスト中。思考のテスト中。
〜〜7月26日の呟きより