「生きる」事に対する執着って、人それぞれなんだろう、きっと。
思いおこせば、いつから執着して無いのだろう。
小学四年生頃迄は、死を怖いものと感じてたが、中学の頃には醒めてたっけ。
我儘な遺伝子の「生きる」事に対する執着も無さそうだし、義務感で「生きる」訳でも無さそうだ。
惰性…。
惰性だろうな、きっと。
僕にとって今を「生きる」のは、あちらから、こちらへ来て、どちらかへ行く迄の過程。
あっちも、こっちも、どっちも、み〜んなドタバタ。み〜んな喜劇。
何処かの誰かさんが書いた三文小説なんざ演じたくはないけれど、自分の台本、未だ自分の手にあらず。